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足りないのは、遊び心

- 大人になると目的もなく遊ぶと言うことができなくなる-




最近遊びました?私はどちらかというと遊ぶのが苦手です。ぼんやりするのは得意ですけどね(笑)。なので、今年のテーマは「遊び心」です。なかなかうまくいきませんが。


子供の頃は近所の子の家に行って「あ〜そ〜ぼ〜」って言うと、その子もさっさと出てきていつの間にか遊んでいましたが、大人になると何をするのか、どんな理由で誘っているのかを明確にする必要があって、「遊ぶ」という目的からずれているように思います。


最近南米出身の友人からハウスパーティに誘われて行ったのですが、最初は静かに話をしたり食べたりしていましたが、途中からひとりがBGMに合わせて身体を動かし始めると、音楽が大きくなりみんな一斉に踊り始めました。特に決まった踊りもなく、みんな自由に身体を動かしていますが、どの顔もとてもイキイキして楽しんでいました。


私はそんな中ソファに座ったままで、身体を軽く揺らしてパーティーに参加している体を装っていたのですが、恥ずかしさが先に出て踊りの輪に入ることはできませんでした。その時は「私踊れないもん」と思っていたのですが、後からあの時のことを考えると、誰も人の踊りなんか見てはいなかったのです。ただの自己批判だったのかと後から気づき、それが足枷となってせっかくのパーティーで心から遊べなかったことを後悔しました。


遊ぶってなんでしょう。子供達は遊びのエキスパートです。彼らを見ていると、今この瞬間にしていることに全神経を集中させているように見えます。だからやたらと理性的な大人が「〇〇の時間ですよ」なんて言っても彼らの耳には届きませんし、届いていたとしても「はいわかりました」なんてさっさと遊び終わることもありません。後5分の約束が10分になり、15分になり、やっとその場を離れた時にはすでに30分は経っているということも珍しくありません。


私たちに欠けているのはこの「今」にどっぷり浸かる集中力と周りの目を気にしないこと。周りがなんと言おうと自分が楽しければいいじゃない、という良い意味での自己中さがないのです。何かがうまくできていなくても、誰かに迷惑をかけているわけじゃないのに、なぜか気が小さくなってしまっていませんか。私も同じです。でもそのせいで心から遊べなくなっているのって、なんだかもったいなくありませんか。


その時間はあなたが楽しむためのものですか。それとも誰かを楽しませるためのものですか。


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